京都御所南 Gallery shop ICHIHARU

ICHIHARU では、連綿と続く京都の伝統の美に根ざしたアクセサリーを、制作、販売致しております。「絹糸」「箔糸(和紙に箔を漆で貼り付けて糸状に裁断したもの)」を使用したアクセサリーは、 一つ一つ手作業で、丁寧にお作りしております。

眼力のある人

毬紗です。

 

空海の『般若心経秘鍵』を読んでいました。

 

そのなかの、空海の「眼力」に関する名言に、心惹かれました。

 

問う、顕蜜二教その旨はるかにはるかなり。今この顕経の中に秘技を説く、不可なり。医王の目には途に触れてみな薬なり。解宝(げほう)の人は礦石(こうしゃく)を宝とみる。知ると知らざると、たれか罪過(ざいか)ぞ。

加藤精一編『空海 般若心経秘鍵』角川ソフィア文庫より

 

訳は、こちらです。

 

次のような疑問を持つ人があるでしょう。顕教と密教とは、趣旨が全くかけ離れています。今この顕教(『般若心経』のような経典)の文中に、密教の深い教えが説かれているとする解釈は、不可能ではないかと。

それに対して私は、こう答えます。医道に優れていて、詳しい医師が見れば、一般の人が見てもわからない道端の草でも、何に効く薬草であるか見通せます。宝石に詳しい人は、他の人が見落とすような鉱石の中に、貴重な宝石が埋もれていることを知れるのです。

このように深い趣旨に気づくか気づかないかは、誰のせいでもない、その人の眼力に依るのです。

 

眼力がある人が見れば、良いものを、見落とすことはありませんという意味です。

 

私は真珠が好きで、毎年伊勢神宮へ参拝した帰りに、三重県のミキモトの真珠島へ遊びに行きます。

 

www.mikimoto-pearl-museum.co.jp

 

もちろん、MIKIMOTOの真珠のアクセサリーを好んでつけています。

 

毎年見ているからか、やはり「いい真珠だ」とわかりますね。

 

眼力が育っていました。